障がいがある子ども達を対象にアート活動をサポートするNPO法人ラマモンソレイユ。同法人が運営する名古屋市のボーダレスアートスタジオ コドモダスシルヴァンでは、日本電子計算の主導のもとで子ども達の作品を3D化してメタバース上に展開し、さらにその作品をNFT化するプロジェクトを開始しました。
「福祉×IT×アートの素敵な関係」をテーマに、コドモダスシルヴァンのスタッフの皆さんと共同プロジェクトを立ち上げた日本電子計算の戸田 邦昭による座談会が開催され、今回の活動にまつわる多彩なエピソードやボーダレスの世界、ITと組み合わせることによる化学反応について、話が展開されました。本記事ではその模様をお届けします。
(左から)日本電子計算株式会社 技術本部 COCREATION LAB部 戸田 邦昭
NPO法人 ラマモンソレイユ チーフ 児童指導員 広田 和鷹 氏
NPO法人 ラマモンソレイユ 児童指導員 平山 氏
NPO法人 ラマモンソレイユ 管理者 児童発達支援管理責任者 中山 飛鳥 氏
- アートだからこそ実現できるボーダレスな世界
- 前代未聞の挑戦に立ちはだかる壁の先にある、無限の可能性
- ITを通じて、世界中にアートを届ける
- 福祉業界を変える社会資源を目指して
中山氏: 私たちコドモダスシルヴァンでは、障がいがある子ども達が絵を描いたり、粘土で立体作品を作ったりというアート活動を支援しています。
単純にアート活動をサポートするだけであれば、一般的な絵画教室とそれほど変わらないでしょう。当所での活動では、創作を通して指先を動かせるようにするなどの訓練的要素も入っていて、将来に活かせるようなものづくり能力を高めることを目指しています。
広田氏: 私はとにかくこの場所で、本人の心が喜ぶものを作ってもらい、充実した時間を過ごしてもらいたい──そんな思いのもと、日々創作活動をサポートしています。子ども達一人ひとりの“やりたいこと”に向き合っていると、障がいの有無や年齢によるボーダーは感じませんし、この場所では誰もが一個人になります。それぞれ個性を持った子ども達の心の動きに色と形をくわえると、それが作品になります。そうして出来上がった作品が、とにかくスゴいんです。美術館では見られません。障がいがある、ないに関わらず、一個人としてのアート作品をより多くの人にも見てもらいたいですね。
平山氏: ここには画材や道具も揃っていますし、絵の具などで部屋を汚しても誰にも怒られません。この場所であれば、何も制約なく本当にやりたいことを実現できます。私の肩書は児童指導員ですが“指導”という感じではなく、子ども達の活動をサポートしているイメージですね。
コドモダスシルヴァンに所属する子ども達のアート作品
戸田: 実は私の子どもが何年も前からコドモダスシルヴァンに通い、先生方のご指導を受けています。私の子どもは言葉でのコミュニケーションが取りにくいのですが、先生たちは一対一の対話をしながら、創作活動を支えてくれます。本人もいつもここに来るのをとても楽しみにしていますし、作品を通して親子のコミュニケーションも生まれます。このような素敵な環境とコドモダスシルヴァンの姿勢に、私は親の立場から深く共感しています。
コミュニケーションを取りにくい子が多いなか、アートを教えるのが難しいこともあると思いますが、その点はどのようにお考えですか?
中山氏: むしろアートだからできるのかもしれないですね。アートは色と形の集合体ですから、言語はそこまで必要ないと思います。たとえば私は文章を書くのが苦手なのですが、“形を書く=作る”ことをコミュニケーションツールとしてアートに触れてきました。この場所では言語の壁もないですし、年齢や性別もあってないようなものだと思います。
戸田: 私が勤める日本電子計算ではオープンイノベーション部隊「Co-Creation
Lab(CCL)」という組織を発足し、未来のビジネスに繋がる研究活動を行っています。今回のプロジェクトはその研究活動のひとつです。
日本電子計算の私と、障がいがある子の親の私、この両面を生かして社会課題にチャレンジできないかと考えました。中山先生とはITの話題で盛り上がったことがあったので、一緒にやりませんかとお声がけしたわけです。
中山氏; 最初にお話を聞いたとき、ITとアートを結びつけることは魅力的なチャンスだと思いました。この取り組みを通して、障がいがある子たちが抱える課題を何か一つでも解決できれば、子ども達の将来を良い方向に変えられるかもしれないという希望を感じて参画しました。
戸田: 子ども達の作品をメタバース上で展開するので、世界中の人たちが見られるようになります。それによって何かが起きるのではないか、その“何か”を見つけたい──そういった思いで取り組んでいます。
広田氏; やってみたから見えることって多いですよね。この場所では一個人としての活動ができるとお話しましたが、外では子ども達が窮屈に感じるシーンもあると思います。今回、戸田さんに「やりましょう」と声をかけてもらい、子ども達の世界を広げられる可能性にワクワクしたんです。
また、当所と日本電子計算というまったくの異業種のつながりから、それぞれの立場でしかできない発想を掛け合わせることで、必ず何か大きなものが生まれる──そんな期待感を抱いています。
平山氏: 私もITにはまったく詳しくないのですが、子供たちや障がいがある方をはじめとしたアート表現の可能性を広げられるような活動をしたいという思いのもと、今回のプロジェクトに取り組んでいます。
戸田: “可能性”というキーワードが出ましたが、その可能性が何かと今問われてもまだ表現できませんし、具体的な成果もこれからです。とはいえ取り組みを進める中で、ぼやっと何かが見えてきた気もしています。
中山氏: 見えてきていますよね。というのも課題が見えてきたからです。課題が見えるということは、先に進んでいる証しですから。
課題の一つは、「メタバース」や「NFT」の話をしても興味を持ってくれる人がまだまだ少ないこと。その次に、現在進んでいる方向が正しいのかわからないことです。どちらも現時点で答えはないのですが、課題をどう乗り越えるかの道筋が見えてきているのかなと思います。
戸田: メタバースやNFTについては、有識者も交えていろいろと議論を進めましたね。とはいえ初めての試みですから、有識者もまだ答えは持っていません。
課題はありますが、それによって新たなアイデアやチャレンジが生まれるので、視点を変えると希望の星でもありますね。
広田氏: 私は戸田さんと協力しながら子ども達の作品をスキャンして3Dデータを作成しているですが、こうしたテクニカルな作業にも実は正解がなく、インターネット上にも答えがありません。具体的にはスマートフォンのカメラを構えながら作品の周りをぐるぐると回ってスキャンしていくのですが、カメラの距離や角度、回転速度によってうまく取り込めないことが多く、少しずつ変えては試し、また変えては試しと地道に試行錯誤を続けました。
戸田: 100個に及ぶ作品を広田先生と一つひとつ3D化していったのですが、作品ごとに色や形の特徴が異なり、それぞれに合わせた撮り方が必要でした。広田先生とディスカッションしながら試し、うまく撮れたら二人でグータッチする……そんな日々でした。
戸田: アートとITのつながりで言うと、すでに広田先生は作品の写真をInstagramに、平山先生は作品制作風景を15秒のショート動画にしてYouTubeで発信していますよね。実はアートとITの親和性は高くて、作品がデジタル化されると多くの人に見てもらえるようになります。親の立場からすると、制作風景をたったの15秒で見られることはすごく嬉しいことで、「こんなふうに作ってるんだ」とそこからもコミュニケーションが生まれます。これは今のIT技術があってこそできることです。
SNSでは2Dの世界でしたが、今回は子ども達の作品が3D化されました。実際にメタバース空間にあるのを見てどう感じましたか?
今回3D化された、まちづくりワークショップで作られた作品。子ども達それぞれ作りたい建物を作り、一つのまちになっている。
広田氏: 単純に、この目の前にある作品がメタバース上にもあること自体が驚きますね。たとえば建物を作ったら、実物だと見るだけにとどまりますが、メタバースなら中に入ることもできるので、面白くてしかたありません。今はまだメタバースへの入場に年齢制限があり実現できていませんが、子ども達にもぜひ体感してほしいですね。
戸田: 自分が作りたいものを作り、作ったものの中に入れるという世界感を体感すれば、子ども達の新しい感性を育めるでしょう。それこそ無限の可能性が広がります。
中山氏: 実物の作品とは視点が違うので見え方がまったく違います。色もプログラミングされた色と、光の屈折によってできる色では別物なんです。現物とデジタル空間、再現はしているけどまったく違うもの、これが面白さだと思います。
平山氏: InstagramやYou Tubeでお見せできるのは切り取られた作品です。一方でメタバースの世界では作品を切り取ることなく世界中の人に展開できます。そこでもし作品が購入されたり、コメントが届いたりしたら、子ども達の創作意欲の向上も期待できますね。
中山氏: 今回の取り組みでは、アートとIT、そこに福祉も掛け合わせようとした点がとてもユニークで、きわめて価値の高いプロジェクトであると確信しています。
さらに言うなら、今後は福祉×ITをもっと追求していきたいと考えています。障がいがある子ども達がもっと社会に出るためのツールとして、ITは間違いなく有用です。物理的に移動がしづらい場合でも、ITを使えばインターネットを通じて世界とつながれます。
戸田: 障がいがある、ないに関わらず、ITの世界であればつながれる──まさにボーダレスコミュニケーションの実現ですね。ただ、福祉とITはまだまだ掛け算が難しいという側面もありますよね。
中山氏: 福祉の業界にはとにかく資本がないので、ITを活用したいと考えても、なかなか導入できないのが現実です。福祉とIT、そしてアートの掛け合わせを企業とNPO法人の協業から見出していく前例を作りたいですね。SDGsの達成を世界が目指す中、今回の活動が福祉事業全体により有益なものをもたらすきっかけとなれば、私たちの取り組みはまさに社会資源になっていくのだと思います。
戸田: 可能性を見つけ、それを広げていくために投資する。それこそまさに企業に求められる部分ですね。そのためにも、いろいろな立場の人たちを巻き込み、裾野を広げたいですよね。難しく考えず、まず始めてみることが、SDGsにつながっていくのですから。